バイアス補正生息地モデリングによる野生イノシシに対する 経口ワクチン散布戦略の最適化:日本における豚熱(CSF)制御のケーススタディ

バイアス補正生息地モデリングによる野生イノシシに対する 経口ワクチン散布戦略の最適化:日本における豚熱(CSF)制御のケーススタディ

背景

野生動物における感染症の制御は、生息状況に関する情報が限られていることからしばしば困難とされる。野生動物における感染症の中には、家畜も罹患し、畜産業に深刻な問題をもたらすものもある。
日本では、2018年9月に豚熱(CSF)が再び発生した。市販のワクチンが利用可能であることから、主な感染制御対策は飼養豚のワクチン接種と野生イノシシへの経口ワクチン散布である。こうした取り組みにもかかわらず、主に野生イノシシによりCSFの拡大が続いている。この感染拡大は、国土の約66%が森林に覆われているという日本の地形条件(アクセス困難な地域が多く存在するため、サーベイランスデータに空間的な偏りが生じる)によってさらに助長されている。その結果、流行状況を十分に把握できず、感染制御対策の有効性が限定される。

目的

本研究では、地理的バイアス補正を取り入れた種分布モデル(species distribution model:SDM)を用いて野生イノシシの分布を推定した。

材料および方法

愛知県の野生イノシシ観察データを用いて(図1、2)2つの最大エントロピー(MaxEnt)モデル、すなわち標準モデルと報告バイアス補正モデルを開発し、補正モデルによる生息地予測(図3)および各変数の寄与率(図4)を評価した。
図1

図1

左上、右上、左下の順に:報告バイアス領域(標高が432.8m超または道路からの距離が125.5m超で、かつQAH値が1以上の地域)を示すマップ、野生イノシシの生息適地(QAH値が1以上)を示すマップ、適切な調査領域(QAH値が1以上であり、且つサーベイランスが十分に行われている地域)を示すマップ。
QAH=植生に基づいて野生イノシシの生息適性度を分類した指標。
図2

図2

愛知県による野生イノシシ観察地点およびバイアス補正後に生成された観察地点をそれぞれ、青色および赤色で示す。緑色の領域は報告バイアスの影響を受けた地域を示す。
図3

図3

報告バイアス補正MaxEntモデルに基づく野生イノシシ生息域予測マップ。野生イノシシが生息する確率を0~1の値に基づく色分けで示す。
MaxEnt=最大エントロピー。
図4

図4

報告バイアス補正MaxEntモデルへの寄与度が高い上位10変数。MaxEnt=最大エントロピー、NDVI=正規化植生指標(植物の量や活力を表す指標)。

結果

両モデルはいずれも予測精度が高く〔曲線下面積(AUC)0.946および0.946、感度0.868および0.943、特異度0.999および0.991〕、寄与度の高い変数は両モデルでほぼ同じ順序で特定された(11月の日射量、次いで標高、最も雨の多い四半期の降水量、8月の日射量)。両モデルでは東部の高確率地域が特定されたが、バイアス補正モデルでは北東部における高確率地域の拡大も明らかになった。

結論

豚熱流行期には農場を守ることが優先されるが、根絶期には山間部に生息する野生イノシシも感染制御対策の標的としなければならない。一般公開されている環境データを使用すれば、このモデリングアプローチを他の地域に適用することも可能である。野生イノシシの生息域を正確に推定することは、野生動物疾病モニタリングの向上および経口ワクチン散布戦略の最適化に寄与する可能性がある。
キーワード:動物の疾病、豚熱(CSF)、感染症、種分布モデル、サーベイランス、野生イノシシ、野生動物疫学

監訳者コメント

日本では、野生イノシシを中心に豚熱(CSF)の感染拡大が現在も続いている。これほどまでに感染が拡大した背景には、日本特有の険しい地形が大きく影響していると考えられる。すなわち、人が容易に立ち入ることのできない山間部にも陽性野生イノシシが生息していることが、大きな課題となっている。
現在のように感染が広範囲に拡大している段階では、農場への侵入防止を中心とした対策が優先される。しかし、流行が落ち着き、CSFの清浄化・根絶を目指す段階へ移行する時期は、いずれ必ず訪れる。その際には、山奥に生息する野生イノシシとどのように向き合うべきかを真剣に考えなければならない。
本研究が、そのような将来的な防疫対策の検討と意思決定に少しでも寄与することを期待している。
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