高水温時の餌のやり方

本格的な猛暑の到来となり、水産養殖の現場では水温の上昇にともなって様々な対策を講じられているかと思います。今回は「高水温時の餌のやり方」と題しまして、高水温期の給餌の注意点や、最適な給餌率やタイミングのお話しをさせていただきます。

良い餌のやり方とは?

チャットGPTに『養殖における給餌の目的は?』と尋ねてみると、以下の答えが返ってきました、とても優秀です。

①成長促進と最適な生産性の確保
餌を適切に与えることで、養殖魚の成長を促進し、効率的な収穫量を確保します。
②健康維持と免疫力の向上
栄養バランスの取れた給餌により、養殖生物の健康を維持し、疾病の予防や抵抗力の強化を図ります。
③餌料効率の向上
適切な給餌管理により、餌の無駄を減らし、コスト効率を高めることが目的です。
④環境負荷の軽減
適切な給餌量とタイミングを管理することで、余剰餌料による水質悪化や環境汚染を防ぎます。

今回は特に「②健康維持と免疫力の向上」の中でも、最近ますます管理が難しくなっている高水温時の場合についてお話しをいたします。

高水温期に起こりがちなこと

一般的に水温が高いほど魚の食欲は高く、高水温期は摂餌が活発で餌を与えれば与えただけ食べますが、食べた分だけ成長するという訳ではありません。ほとんどの魚種では高水温期は太らず(むしろ痩せる)、太り始めるのは水温が下がり始めてからです。
高水温期に餌を与え過ぎると、餌の効率が悪くなりコストばかり増えることになります。
また、餌が少なすぎても効率が悪くなります。そして餌の量は魚病の発生にも大きく影響します。

餌を与え過ぎると

餌を与え過ぎると特に高水温期には魚病の発生率が高まります。
ブリやカンパチでは餌を与え過ぎるとレンサ球菌症や黄疸症の発生率が高くなり、シマアジでもレンサ球菌症の発生率が高くなります。
基本的に高水温期に魚は太らないのですが、餌を与え過ぎた場合には通常よりも肥満度が上がります。夏場に肥満度が高い群ではレンサ球菌症や黄疸症の発生率が高いことはよく知られています。
そして、餌を与え過ぎても、沢山与えた割に成長(増重)に繋がらないことも問題です。

餌が少な過ぎると

餌が少な過ぎても魚病の発生率は高まります。
高水温期には基本的には魚は痩せていきますが、極端に痩せて肥満度が低い場合、ブリやカンパチ、シマアジではノカルジア症の発生率が高くなります。
進行はゆっくりだが、しぶといノカルジア症対策」の記事でもご紹介した通り、ノカルジア症は一旦発症してしまうと餌をやってもやっても痩せていきます。ノカルジア症は発症させないことが最大の対策なので、高水温時であっても「痩せ過ぎない」程度の給餌は必要です。
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寄生虫との関係

餌が少な過ぎたり、絶食の期間が長いとどの魚種でも寄生虫の寄生は増える傾向にあります。
その理由は、お腹が減った魚が網の付着物を食べることで寄生虫の中間宿主を沢山取り込んでしまうことや、体表や鰓の粘液が減ることで防御能が低くなることが原因だと思われます。
多くの魚種で極端な給餌制限や餌止めをすると体表や鰓の寄生虫が増えることは経験的に知られていると思いますが、一旦寄生虫が寄生してしまうと餌を与えても摂餌は上がりません、過度な給餌制限や餌止めは避けましょう。特にサイズが小さい時期の餌止めは影響が大きいので、稚魚期の餌止めは極力避けましょう
但し、高水温期には赤潮が発生することも多く、一旦赤潮が発生すると長期間餌止めをしなければならないこともあります。赤潮対策のための餌止めは避けられないことですが、その後の魚病や寄生虫感染のリスクを高めることにもなるという意識は必要です。餌止めで赤潮被害は免れたが、その後にノカルジア症で大きな被害が出たという話はよく聞きます。
また最近は給餌制限をした後にリバウンドによって効率的な増重をさせる方法もあるようですが、過度な給餌制限は寄生虫感染リスクが高まることになるという意識も重要です。

最適な給餌率は?

結局のところ、最適な餌の量はどれぐらい?
これはとても難しい問題です。
毎回最適な給餌率で餌を与えるというのはなかなか難しく、現場的に指標として使い易いのは魚の肥満度を見て調整する方法です。具体的には、魚が通常よりも太っていれば給餌率を下げ、痩せていれば給餌率を上げることで肥満度を最適化する方法です。

例えば8月で2年ブリの肥満度は通常17程度だと思いますが、もし肥満度が20を超えているのなら太り過ぎなので給餌率を下げ、逆に肥満度が16を切る状態であれば瘦せ過ぎなので給餌率を上げましょう。
また、高水温期を過ぎて水温が下がった10月であれば2年ブリの肥満度は20程度に上がっているのが通常なので、肥満度が20を下回っているのなら給餌率を上げましょう。
そうすることで太り過ぎや痩せ過ぎを避け、魚病の発生リスクを減らすことができます。

また、漁場によって魚病の発生傾向は違います。レンサ球菌症の発生率が高い漁場もあればノカルジア症の発生率が高い漁場もあります。経験的にそうした漁場ごとの傾向や年々の傾向は把握されているのではないでしょうか?
例えばレンサ球菌症の発生率が高い漁場であれば肥満度を低めに維持するために給餌率を低めにするとか、ノカルジア症の発生率が高い漁場であれば肥満度を高めるために給餌率を高めにするといった調整を行うことで特定の魚病の発生を予防する方法はとても有効です。
タイトルのイラストにもあるように、肥満度の調整をすることは魚病のバランスを取ることになり、そのことが魚病の発生リスクを抑えつつ、かつ効率良く成長させることに繋がります。

餌をやるタイミング

高水温期には、海面の表層が異常なほどの高水温になるタイミングがあります。
小潮の時期は潮流が弱いことから海水の混合が弱まり、表層の水温だけが極端に高くなることがあります。表層の水温だけが極端に高くなると、魚は表層に上がることを嫌い、餌を食べに上がって来なくなります。また中層と表層の温度差が大きいので魚にストレスを与えることになり、給餌にはあまり適していません。
大潮の時期は潮が動いて海水が混合することで、表層水温もそれほど高くなく、中層との水温差も小さいので魚は表層に上がってきやすくなります。また、大潮だけでなく台風や時化で波風が強い時にも表層と中層の鉛直混合が起こるので表層水温は下がります。
水温環境的には小潮や凪の日よりも大潮で風浪がある日のほうが餌をやるには良いでしょう。
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餌の種類や投薬時に注意すべきこと

高水温期に制限給餌をする場合でも、生簀内の全ての個体に行きわたる量を与えましょう。特にDPやEPといった固形飼料の場合は与える粒数が少ないと食べることが出来ない個体が出てくることになります。
また、投薬する際の餌の量も特に注意が必要です。弱い魚ほど投薬が必要なので、弱い魚にも行きわたるような量を与える必要がありますし、餌の量が少ないと個体ごとの薬剤の摂取量が偏る原因にもなります。摂取不足によって十分な効果が得られないことや特定の個体が過剰摂取することが無いように餌の量は調整をしましょう。

高水温時に限らず魚の観察はしっかりと

魚を健康な状態に保つために必要なことは、まずは魚をしっかりと観察することです。
遊泳状態、群れから外れた個体の有無、体表の色や状態、そして肥満度、これらを日々観察することが魚病の早期発見に繋がります。
また、肥満度の把握は体重や体長を計って算出するのが確実なのですが、なかなか大変です。そこで、簡易的なのですが日常的に目視で魚の形から太り具合を感覚的に掴むことをお奨めします。「明らかに太っている」「明らかに痩せている」といった極端な状態を避けるだけでも全体的な魚病の発生リスクは減らせます。
更に意識的に「やや太っている」「ちょっと痩せてる」状態に調整することで特定の魚病の対策を行うことも可能です。
そうした“肥満度を計る目を養う”ことは養殖を行う上でとても重要なスキルです、魚を養うための目も養いましょう!
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