国内流行株に対しても有効性が確認された豚熱GPE⁻生ワクチン― 抗原性が異なるウイルス株に対する防御効果 ―

国内流行株に対しても有効性が確認された豚熱GPE⁻生ワクチン― 抗原性が異なるウイルス株に対する防御効果 ―

2026年5月家畜伝染病予防法が改正され、豚熱発生時の選択的殺処分が導入されました。選択的殺処分とは「豚熱のまん延防止のために必要な豚」を殺処分の対象とするもので、豚熱ワクチン接種済み(接種後20日以降)の豚は基本的に殺処分の対象となりません。
この記事で紹介する論文は「ワクチン接種済み豚を殺処分の対象から外すことになった」理由を示す重要な情報を提供しており、その著者である西達也先生に分かりやすく解説していただきました。

はじめに

2018年に国内で26年ぶりに再発生した豚熱(CSF)は、その後も野生いのししを介して全国へ拡大し、現在も重要な家畜伝染病として警戒が続いている。豚熱ウイルスは遺伝子型1から5に分類されるが、2018年以降、国内発生例から分離されたウイルスは遺伝子型2.1dに分類される。本遺伝子型のウイルスは、2014年以降、中国を中心としてワクチン接種下の農場で流行し、抗原変異への懸念が指摘されてきた。

国内流行豚熱ウイルスと豚熱ワクチンウイルスの抗原性の違い

国内では、生ワクチンであるGPE⁻ 株ワクチンが防疫対策として広く使用されており、農場での発生抑制に大きく貢献してきた。一方で、国内では野生いのしし集団において遺伝子型2.1dの豚熱ウイルスが長期間にわたり維持され、感染地域も拡大してきたことから、現在流行しているウイルスがワクチン株と抗原的に異なってきているのではないか、という懸念が生じている。このため、流行株の抗原性の変化がワクチンによる防御効果にどの程度影響するのかを明らかにすることは、今後の防疫対策を考える上で重要である。
本研究では、国内で近年分離された豚熱ウイルス株について、GPE⁻ 株ワクチンとの抗原性の違いを調査するとともに、実際にワクチン接種豚がどこまで防御されるかを動物試験で検証した。
まず、国内の豚および野生いのししから分離された豚熱ウイルスについて、GPE⁻ 株ワクチン接種豚血清による中和試験を実施した(図1)。
その結果、すべての株に対して中和活性は認められたものの、2022年野生いのしし由来株「JPN/SM/WB/2022」では、ワクチン株に比べて中和抗体価が大きく低下しており、試験した国内流行株の中でも最も抗原性の違いが大きい株であることが分かった。つまり、試験管内の中和試験だけを見ると、「ワクチンが効きにくくなっている可能性」が示唆される結果であった。

豚熱ワクチンの国内流行豚熱ウイルスに対する効果

しかし重要なのは、実際の豚で防御できるかどうかである。

そこで、この抗原性の異なる株を用い、GPE⁻ 株ワクチン接種豚に対する攻撃試験を実施した。4週齢の子豚にワクチンを接種し、4週間後に経口で感染させ、その後の症状、ウイルス血症、ウイルス排泄などを詳細に観察した。その結果、ワクチンを接種していない豚では、発熱、白血球減少、結膜炎、食欲低下など典型的な豚熱症状を示し(図2)、一部の豚は重症化して人道的エンドポイントに達したため、安楽殺処分に至った。血液や口腔スワブからは高濃度の感染性ウイルスが継続的に検出され、体内各臓器でもウイルス増殖が確認された(図3)。

※人道的エンドポイント:動物福祉の観点から、重度の症状等によりこれ以上の観察継続は適切でないと判断し、安楽殺処分を行う基準。
一方、GPE⁻ 株ワクチン接種豚では、すべての豚で発熱や食欲低下などの臨床症状は認められず、白血球減少もみられなかった。また、血液中の感染性ウイルスは、10頭中1頭で一時的にごく低濃度検出されたのみであり、それ以外の豚では感染性ウイルスは検出されなかった(図3)。さらに、口腔スワブからのウイルス排泄も極めて限定的であり、感染性ウイルスは検出されなかった。試験終了後の剖検でも、ワクチン接種豚では脾臓、腎臓、耳介などから感染性ウイルスは一切分離されず、病変も認められなかった。一部の扁桃からウイルス遺伝子が検出された個体は存在したが、感染性ウイルスは検出されておらず、ウイルス増殖は極めて強く抑制されていたと考えられた。
これらの結果は、たとえワクチン株と抗原性が異なる豚熱ウイルスであっても、GPE⁻ 株ワクチン接種により発症を防ぎ、ウイルス血症およびウイルス排泄を極めて低いレベルに抑制できることを示している。特に、唾液中から感染性ウイルスが検出されなかったことは、周囲への伝播リスクを大きく低減する上で重要である。

豚熱ワクチン接種豚が感染源となるリスク

特に防疫上重要なのは、「感染しても周囲へ広げにくい」という点である。豚熱ウイルスは、感染豚の唾液や排泄物を介して周囲へ伝播する。そのため、防疫上は単に“死なない”だけでは不十分であり、ウイルス増殖や排泄をどこまで抑えられるかが極めて重要となる。本研究では、ワクチン接種豚において感染性ウイルスの排泄が認められなかったことから、仮に野外でワクチン接種豚に感染が成立した場合でも、周囲へ伝播させるリスクは極めて低いことが示唆された。
今回興味深かったのは、「中和抗体価が低い=防御できない」ではなかった点である。ワクチン接種豚では、感染前の段階では、今回の流行株に対する中和抗体価はワクチン株より低値であった。しかし感染後には、中和抗体価が急速に上昇し、高い防御状態へ移行した。さらに、ワクチン接種豚では細胞性免疫(IFN-γ応答)も誘導されていた。生ワクチンは、抗体だけでなく細胞性免疫も強く誘導できることが特徴であり、これが抗原性の異なるウイルスに対しても高い防御効果を維持できる理由の一つと考えられる。

おわりに

冒頭記した通り、近年、中国などでは、ワクチン接種下で流行する遺伝子型2.1d株について報告されており、抗原変異への懸念が指摘されてきた。一方、本研究では、国内流行株に一定の抗原性変化が認められる状況下でも、GPE⁻ 株ワクチンが依然として極めて高い防御能を維持していることが実験的に示された。
なお、本試験に用いた豚は、その母豚に豚熱ワクチンが接種されておらず、母豚由来の移行抗体を持たない条件で実施したものである。実際の農場では、母豚から受け継いだ移行抗体が残っている子豚にワクチンを接種するため、農場の状況に応じた適切な時期に、確実にワクチン接種を行うことが重要である。ワクチンの効果を十分に発揮させるためには、現場で適切に免疫を成立させることが前提となる。
また、野外ウイルスは今後も変化を続ける可能性がある。そのため、野生いのししを含む流行株の監視を継続し、抗原性やワクチン効果を定期的に評価していくことは重要である。しかし少なくとも現時点では、GPE⁻ 株ワクチンは、国内で流行している抗原性の異なる豚熱ウイルス株に対しても、発症防御のみならず、ウイルス増殖や排泄を極めて強く抑制し、防疫上有効なワクチンであることが示された。
本研究成果は、現在の国内防疫において、GPE⁻ 株ワクチン接種が引き続き重要な役割を果たしていることを裏付ける科学的根拠となると考える。

図表

図1 国内流行代表株とワクチン血清との反応性

GPE⁻ 株ワクチンを接種した豚の血清を用いて、ワクチン株、2018年の国内初発例株、および2022年に野生イノシシから分離された国内流行株に対する中和抗体価を比較した。2022年野生イノシシ由来株では、ワクチン株および2018年初発例株と比べて中和抗体価が低く、ワクチン株とは抗原性が異なることが示された。
中和抗体価 (Log2
0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0
9.6
7.4
4.4
ワクチン株
2018年
初発例株
2022年
野生いのしし由来株
図1

図2 国内流行株感染豚における臨床症状の進行

GPE⁻ 株ワクチンを接種していない豚に国内流行株を感染させた後の臨床症状の推移を示す。感染9日目には発熱が認められたものの外貌上の大きな変化は乏しかったが、感染12日目以降、一部の個体では食欲低下やチアノーゼがみられ、重症例では強い沈うつを示した。国内流行株は、感染初期には外観から異常を捉えにくい一方、感染が進行すると典型的な豚熱症状を引き起こすことが確認された。
図2-1

図2-1

感染9日目 全頭発熱しているが外貌上著変なし
図2-2

図2-2

感染12日目 一部の個体では軽いチアノーゼ・食欲消失
図2-3

図2-3

感染15日目 重度のチアノーゼ・沈うつ

図3 ワクチン非接種およびワクチン接種豚のウイルス増殖・排泄推移

国内流行株を感染させた後の、血液中および唾液中、すなわち口腔スワブ中の感染性ウイルス量の推移を示す。血液中ウイルス量は体内でのウイルス増殖、唾液中ウイルス量は周囲への排泄リスクの指標となる。図中の検出限界付近の値は、感染性ウイルスが検出されなかったことを示す。ワクチン非接種豚では血液中でウイルスが増殖し、唾液中にもウイルスが排泄された。一方、GPE⁻ 株ワクチン接種豚では、血液中の感染性ウイルスは1頭で一過性に低値で検出されたのみであり、唾液中から感染性ウイルスは検出されなかった。これらの結果から、GPE⁻ 株ワクチンは国内流行株に対してもウイルス血症および排泄を強く抑制し、周囲への伝播リスクを大きく低減することが示された。
血液中ウイルス量
唾液中ウイルス量
ワクチン非接種群
0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 0 3 6 9 12 15 18 ウイルス接種後日数 ウイルス力価
1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 0 3 6 9 12 15 18 ウイルス接種後日数 ウイルス力価
No.11
No.12
No.13
No.14
No.15
GPE- 株ワクチン (Swivac C) 接種群
0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 0 3 6 9 12 15 18 ウイルス接種後日数 ウイルス力価
1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 0 3 6 9 12 15 18 ウイルス接種後日数 ウイルス力価
No.1
No.2
No.3
No.4
No.5
GPE- 株ワクチン (Swivac C0.5) 接種群
0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 0 3 6 9 12 15 18 ウイルス接種後日数 ウイルス力価
1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 0 3 6 9 12 15 18 ウイルス接種後日数 ウイルス力価
No.6
No.7
No.8
No.9
No.10
ウイルス力価単位:log10 TCID50/50μL
図3


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