背景
2018年半ばにアフリカ豚熱が中国に侵入し、その後国境を越えてアジア全域へと広がったことにより、地域の養豚生産は壊滅的な打撃を受け、世界中の養豚および豚肉製品関連市場が影響を受けた。
調査の目的と方法
我々は、中国におけるアフリカ豚熱の時空間的な拡散動態を調べるため、最近傍アルゴリズム、指数関数アルゴリズム、等確率アルゴリズム、および時空間的症例分布アルゴリズム(疾病の症例が時間と空間に沿ってどのように分布しているかを解析・予測するためのアルゴリズム)を用いて、アフリカ豚熱の伝播ネットワークを推定・再構築した(図1)。
図1 2018年7月から2019年5月の中国におけるアフリカ豚熱感染農場の特徴。
(a)中国の6地域における週ごとの流行報告数(流行開始日および終了日別)。(b)流行開始日から終了日までの期間(流行開始日別)。点の色は、それぞれの感染ユニットの所在地域を表しており、(a)図と同一の色を使用している。灰色の横棒内にある点は、収束しなかった流行を示している。(b)内挿入図:右側の縦線および灰色の陰影は、流行期間の分布および95%信用区間を示している。値の大きさは示していないが、曲線下面積が1になるよう調整してある。(c)アフリカ豚熱感染農場の地理的分布および流行開始日。点の色は、それぞれの感染ユニットにおける流行開始日を示している。(d)飼育豚密度およびアフリカ豚熱感染ユニットの地理的位置。点の色は流行開始日を示し、青色の陰影は、国連食糧農業機関(FAO)の報告による中国における飼育豚の密度を表している。
考察/解析
構築したネットワークから、アフリカ豚熱の発生における実効再生産数(1件の一次感染が引き起こす二次感染の平均件数)、発症間隔、および伝播距離を推定した(図2、図3)。
解析は、ユニット(農場、庭先農場、と殺場、または村落)ごとに実施した。感染源となったユニットと感染を受けたユニットをペアとして解析した場合、いずれのアルゴリズムを使用した場合でも、ユニット間の平均発症間隔は約29日であり、平均伝播距離は332~456kmであった。各アルゴリズムで得られた実効再生産数は、初発後の2週間でピークに達し、2018年末まで徐々に減少した後、2019年には流行の閾値である1前後で推移しながら散発的に増加が認められた。これらの結果から、1)豚の飼育方法や生産システムが長距離伝播を招きやすい形態であったためにアフリカ豚熱の蔓延につながったこと、および2)サーベイランスシステムによりアフリカ豚熱の流行を検知できなかったことが示唆される。
解析は、ユニット(農場、庭先農場、と殺場、または村落)ごとに実施した。感染源となったユニットと感染を受けたユニットをペアとして解析した場合、いずれのアルゴリズムを使用した場合でも、ユニット間の平均発症間隔は約29日であり、平均伝播距離は332~456kmであった。各アルゴリズムで得られた実効再生産数は、初発後の2週間でピークに達し、2018年末まで徐々に減少した後、2019年には流行の閾値である1前後で推移しながら散発的に増加が認められた。これらの結果から、1)豚の飼育方法や生産システムが長距離伝播を招きやすい形態であったためにアフリカ豚熱の蔓延につながったこと、および2)サーベイランスシステムによりアフリカ豚熱の流行を検知できなかったことが示唆される。
図2 2018年7月から2019年9月の中国について再構築したアフリカ豚熱流行の伝播ネットワーク、およびこの再構築ネットワークから推定した再生産数と発症間隔。
(a)最近傍アルゴリズム、(b)指数関数アルゴリズム、(c)等確率アルゴリズムを用いて、国際獣疫事務局(WOAH)に報告された流行のみを解析して、3種類の伝播ネットワークを再構築した。地図上の点および線の色は、各感染ユニットにおける流行開始日を表している。各図の右上には、発症間隔と伝播距離の相関関係を示した。点はそれぞれアフリカ豚熱感染農場を表し、棒グラフは再構築した伝播ネットワークより推定された伝播距離および発症間隔の分布を示している。各図右側の折れ線および陰影は、週ごとの再生産数の推定値とその95%信用区間を表している。破線は、流行拡大の閾値(r=1)である。
図3 Animal Disease Spread Model(ADSM)*を用いたアフリカ豚熱の流行シミュレーション。
(a)疾患の時空間的な拡がりの様子。円の左下部にある×印を付した黄色の点は初発農場である。灰色の点は未感染の農場を表す。(b)流行曲線。濃い色のバーは報告により感染が確定された農場を、薄い色のバーは情報の一部または全部が不確定であった農場(空間的情報[位置情報]が欠落している農場、または空間的・時間的情報がいずれも報告されなかった農場)を示している。(c)全情報が不確定であった農場(実線)および一部の情報が不確定であった農場(破線)の推定平均伝播距離。水平の点線は、不確定情報のないデータセットに基づく推定値である。
*出典:Harvey N, et al. (2007) The North American animal disease spread model: a simulation model to assist decision making in evaluating animal disease incursions. Preventive Veterinary Medicine 82, 176–197.
結論
今回再構築した時空間モデルは、中国や他のアフリカ豚熱発生国が自国内においてアフリカ豚熱を制御する取り組みを進めるうえで参考になるだろう。中国内での伝播およびアジア全域へのさらなる拡散を食い止めるには、バイオセキュリティ基準の厳格な実施およびアフリカ豚熱のサーベイランス強化に対する継続的な支援が不可欠である。
キーワード:アフリカ豚熱、動物病原体、伝染病、数学的モデリング、獣医疫学
監訳者コメント
アフリカ豚熱(ASF)は「最強の家畜伝染病」とも称され、2018年以降のアジアでの拡散は世界的な養豚生産に深刻な影響を与えた。本研究では、ASFの発生データとシミュレーションを用いて、感染の広がり方や報告の遅れの特徴を明らかにした。発生報告には、短期間で把握される場合と2~3週間かかる場合が混在しており、監視・報告体制の違いが影響していることが分かった。感染が広がる距離は数百キロメートルに及び、遠隔地への拡散リスクを考慮する必要がある。農場の規模や種類による報告遅れや感染速度の差はなく、したがって監視や防疫対策は全ての農場で均一に行うことが重要である。
また、発生データの把握が不十分だと感染の広がりを過大に評価してしまうことが示され、迅速かつ正確なサーベイランスと報告体制の整備が防疫対策に直結することが確認された。これらの知見は、国内でのASF発生に備えたリスク評価や防疫計画の設計に有用である。
また、発生データの把握が不十分だと感染の広がりを過大に評価してしまうことが示され、迅速かつ正確なサーベイランスと報告体制の整備が防疫対策に直結することが確認された。これらの知見は、国内でのASF発生に備えたリスク評価や防疫計画の設計に有用である。
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