被害は想像以上に!日本の畜産の脅威となった4つの伝染病

被害は想像以上に!日本の畜産の脅威となった4つの伝染病

畜産業の歴史は、いわば“伝染病の歴史”。伝染病が発生するたびに対策を講じ、その教訓を生かして法律を改正しながらより良い環境を整えてきました。

家畜が法定伝染病として指定されている症状を発症した場合、飼養している全ての家畜を殺処分することが義務付けられているため、経営の根幹を揺るがす事態に陥ります。経営者はその脅威を十分に理解しておく必要があります。

この記事では、これまで日本の畜産業において脅威となった4つの伝染病について、その概要とともに感染の歴史を紐解きます。

豚熱(CSF)

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豚熱とは?

豚やいのししが感染する豚熱(CSF)は、感染した豚の唾液や涙・糞によってCSFウイルスに感染することで発症する法定伝染病のひとつです。

人に感染することはない病気で、仮に豚熱にかかった豚の肉や内臓を食べたとしても、人体への影響はありません。しかし、豚やいのししへの感染力は強く、致死率も高いため、まん延すると家畜農場に甚大な被害をもたらす危険な伝染病です。

発症した豚には、発熱や食欲不振、元気がなくなる、うずくまる、便秘、下痢、呼吸障害といった症状が現れます。ただし、特徴的な症状がないため、気が付きにくく、異状の発見が遅れてしまいがちな疾病です。法定伝染病に指定されている豚熱が発生した養豚場は、全ての飼養している豚を殺処分することが義務付けられているため、経営の根幹を揺るがす事態に陥ります。

豚熱の発生を防ぐためには、野生いのししが農場内に侵入することを防ぐための柵を設置したり、関係者以外が農場に立ち入ることを禁止したり、農場の出入り口での消毒を徹底したり、生肉を含む飼料を与える場合は十分に加熱処理をしたりといった対策が必要となります。養豚農場には日頃からの衛生管理が求められます。

豚熱の感染の歴史

世界で初めて豚熱の発生が確認されたのは、1800年代のアメリカオハイオ州。当時は同じ地域で人のコレラが流行していたため、関連がはっきりしないまま hog cholera(豚コレラ)と呼ばれていました。その後、人がかかるコレラとは無関係であることが科学的に証明され、日本では2019年(平成31年)に農林水産大臣が「豚コレラ」の呼称を、英語名の「CSF(クラシカル・スワイン・フィーバー)」、日本名で「豚熱」に変更すると発表しました。

日本国内で初めて豚熱が発生したのは1888年(明治21年)のこと。アメリカから北海道に輸入された豚において確認されました。
20年後の1908年(明治41年)には、沖縄と関東で約20,000頭に感染が拡大。ワクチンも開発され、1928年(昭和3年)からは不活化ワクチン「豚コレラ予防液」の製造配布も開始されたものの、1932年(昭和7年)には49,000頭,1939年には36,000頭と、豚熱の猛威はとどまるところを知りませんでした。

こうした状況を受けて、生ワクチンの開発がスタート。1969年(昭和44年)に生ワクチンが実用化されてからは発生が激減しました。そして、日本で初めての発生から104年が経過した1992年(平成4年)、熊本県球磨郡での発生を最後に豚熱は20 年以上確認されなくなり、2006年(平成18年)の3月にはワクチン接種は完全に中止されました。翌年2007年(平成19年)の4月1日には、国際獣疫事務局(OIE)の規約に基づき、日本は「豚熱清浄国」となりました。

しかし、2018年(平成30年)の9月に国内では26年ぶりに岐阜県岐阜市の養豚場で再び豚熱の発生が確認されました。その後2020年(令和2年)9月末までに岐阜県・愛知県・長野県・大阪府・滋賀県・三重県・福井県・埼玉県・山梨県・沖縄県、群馬県(1府10県)に感染範囲が拡大しています。一方で、野生いのししの陽性事例が、岐阜県・愛知県・三重県・福井県・長野県・富山県・石川県・滋賀県・埼玉県・群馬県・静岡県・山梨県・新潟県・京都府・神奈川県・茨城県・東京都・福島県(1都1府16県)において確認されています。

農林水産省は、豚熱の感染地域の拡大を受けて、2019年9月に豚熱ワクチンの接種を指定する地域を限定して許可することとなりました。ワクチン接種が認められているのは、群馬県・埼玉県・富山県・石川県・福井県・山梨県・長野県・岐阜県・静岡県・愛知県・三重県・滋賀県・東京都・神奈川県・新潟県・京都府・奈良県・栃木県・茨城県・千葉県・沖縄県・大阪府・兵庫県・和歌山県と、2020年8月に福島県が新たに追加され、1都2府22県となっています。さらに推奨地域に設定されている宮城県も今後ワクチン接種が開始となる予定です。(2020年10月1日現在)

2020年9月3日には、日本は豚熱の「非清浄国」となり、豚熱の感染が確認されていない国を指す「清浄国」の国際認定を13年ぶりに失いました。清浄性は、国際獣疫事務局(OIE)が認定しますが、感染した豚と区別が付かなくなるとして、ワクチンを接種している限り、清浄国とは認められません。
各自治体は、発生予防およびまん延防止策を実施し、飼養衛生管理基準尊守の指導をすすめるなど、「清浄国」への復帰を目標に、現在進行形で豚熱の撲滅に取り組んでいます。

また、2000年以降に日本国外で広がっているアフリカ豚熱(ASF)と呼ばれる伝染病がありますが、豚熱(CSF)とアフリカ豚熱(ASF)は全くの別物です。アフリカ豚熱が国内に侵入した場合、畜産業界への甚大な影響が予想されます。農林水産省などが発信する情報を収集しながら、国外での感染状況も随時確認し、万が一に備えておく必要があります。

BSE(牛海綿状脳症)

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BSEとは?

かつて「狂牛病」とも呼ばれたBSE(牛海綿状脳症)は、牛の脳や脊髄などに「BSEプリオン」と呼ばれるたんぱく質が蓄積し、脳がスポンジ(海綿)のようになってしまう病気。BSEはTSE(伝達性海綿状脳症)の一種で、人にも感染する恐れがあると考えられており、人が発症すると「変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)」という疾病になります。

BSEは感染していても症状を示さない「潜伏期間」が3~7年程度と長く、発症した牛は運動失調や異常行動などを起こして最終的には死に至ります。

BSEは前述した豚熱とは違い、飛沫や空気によって感染するものではありません。感染の原因は、BSEに感染した牛の脳や脊髄などを含む部位を原料とした「肉骨粉(にくこっぷん)」を、飼料として別の牛に食べさせたことだと考えられています。

BSEの感染の歴史

BSEは1986年(昭和61年)にイギリスで初めて症例が報告されました。その後、アイルランド、ポルトガル、デンマーク、ドイツと、世界中に感染が拡大。日本では2001年(平成13年)の9月に国内で初めてBSE感染牛が確認されました。

これを受け、厚生労働省は生後12か月以上の牛の頭蓋(舌、頬肉を除く)や脊髄、ならびにすべての牛の回腸遠位部(盲腸の接続部分から2メートル以上)を除去・焼却するよう指導を開始。同時に、と畜場における牛の特定部位の除去・焼却を法令上義務化しました。また、農林水産省は同年10月から肉骨粉を含む家畜飼料や肥料の製造と販売を禁止しました。

さらに、食用として処理されるすべての牛を対象に、BSE全頭検査を全国一斉に開始。こうした対策の実施により、発生から約1か月後の10月18日、当時の厚生労働大臣と農林水産大臣は国産の牛肉に対する「安全宣言」を発しました。

国内では2001年(平成13年)以降、8年間で36頭のBSE感染牛が確認されましたが、2010年(平成22年)以降は確認されていません。現在も「48か月齢超」の牛を対象にBSE検査を実施することで、発生および感染拡大のリスクヘッジを実現しています。

BSEの発生にともない、大手食品メーカーの食品偽装が発覚したり、大手牛丼チェーンの吉野家が2004年(平成16年)から4年以上に渡って牛丼の販売を中止したりと、「食の安全」を改めて考える契機となりました。

口蹄疫(FMD)

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口蹄疫とは?

口蹄疫は、口蹄疫ウイルスが原因で、牛や豚・山羊・緬羊・水牛などの家畜や、シカやラクダなどの野生動物がかかる病気です。感染すると発熱や、元気がなくなる、口の中や蹄(ひづめ)の付け根などに水ぶくれができる、水ぶくれによって足を引きずるといった症状がみられます。

子牛や子豚が発症すると死亡することもありますが、成長した家畜の死亡率は数%程度といわれています。しかし、牛などの偶蹄類動物に対するウイルスの伝播力が非常に強いため、他の偶蹄類動物へ感染を防止するための対策が重要です。

口蹄疫にかかった家畜の肉を食べてしまう可能性があるか不安に思う人もいるかもしれません。口蹄疫が発生した場合、農場は他の家畜に移さないよう、かかった家畜を殺処分して埋却あるいは焼却し、農場周辺の牛や豚の移動を制限する必要があります。そのため、口蹄疫にかかった家畜の肉や乳が市場に出回ることはありません。また、仮に口蹄疫にかかった家畜の肉を食べたり、牛乳を飲んだりしても、人が口蹄疫にかかることはありません。

口蹄疫の歴史

口蹄疫の歴史は古く、残っている明確な記述は1546年、イタリア人修道士のGirolamo Frascastoroによるものです。その頃までにはヨーロッパやアジアなどで広く流行していたと考えられています。

その後、19 世紀半ばには南米にも侵入。以降20世紀初までには、日本やオセアニア諸国、北中米を除く国々で流行を繰り返してきました。

日本では、1908年(明治41年)に東京・神奈川・兵庫・新潟で522頭の口蹄疫ウイルスに感染した牛が確認され、その後92年が経過した2000年(平成12年)に宮崎県と北海道の4農場で発生。そして、2010年(平成22年)4月20日に、約10年ぶりとなる口蹄疫が宮崎県で発生しました。297農場で発生し、ワクチン接種を合わせて、約30万頭もの牛と豚が殺処分され、同年7月27日に全ての移動制限が解除されました。
そして、2012年2月5日に、「口蹄疫清浄国」としてOIEより認定されました。

口蹄疫によって伝染病の恐ろしさが全国的に認知されるとともに、家畜防疫の重要性についても意識が高まるきっかけとなりました。

鳥インフルエンザ

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鳥インフルエンザとは?

鳥インフルエンザとは、A型インフルエンザウイルスによる鳥類の感染症のことです。カモ類などの水禽類(水鳥)の腸内でウイルスが増殖し、水禽類では発症せず、ニワトリに感染した場合に強い病原性をもつ高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)となることがあり、高い確率で死に至ります。

鳥インフルエンザに感染した鳥の主な症状としては、元気消失・呼吸器症状・下痢・肉冠や肉垂の出血や壊死・顔面の腫れ・脚部の皮下出血・産卵の低下 神経症状などがあります。

鳥インフルエンザウイルスは、その名の通り鳥が感染するインフルエンザウイルスであり、ヒトに感染することはほとんどありません。しかし、鳥インフルエンザウイルスに感染した鳥に濃厚接触をした場合、ごく稀にヒトが感染した事例もあります

なお、鳥インフルエンザに感染した鶏肉や鶏卵を食べることによってヒトに感染した事例の報告は過去にありません。

鳥インフルエンザの歴史

鳥インフルエンザは1878年(明治11年)にイタリアで最初に報告され、1955年(昭和30年)にインフルエンザウイルスとして分類されました。1900年代に入ると、ヨーロッパやロシア・アフリカ・中東・アジア・南米などでも発生が確認されるように。

2003年(平成15年)以降には東南アジアで猛威を振るい、中国では渡り鳥6000羽余りが死亡、韓国の養鶏場でニワトリ約6000羽が死亡、ベトナムでは家禽約5000羽が殺処分されるなど、被害が拡大。人にも感染し、死者も発生する事態となりました。

日本では2004年(平成16年)に山口県・大分県・京都府で、2005年(平成17年)に茨城県と埼玉県で鳥インフルエンザウイルスが見つかり、その後少なくとも13名の養鶏場従業員への感染が確認されました。2007年(平成19年)には宮崎県や岡山県の養鶏場などでも鳥インフルエンザウイルスが発見されましたが、迅速な密閉撲滅作戦により、周辺農場の家禽を殺処分した後に焼却・埋却されました。

令和元年以降も野鳥の糞便から鳥インフルエンザウイルスが検出されているという報告があり、政府は畜産農場などへ防疫対策の徹底を呼びかけています。

教訓を生かして畜産のより良い未来を描く

豚熱、BSE、口蹄疫、鳥インフルエンザ。

今回お伝えしたこれらの伝染病により、畜産農場は大変甚大な被害を受けてきました。

しかし、それを教訓として取り組んできたことで、家畜伝染病予防法をはじめとした衛生管理や防疫対策に関する法律も強化され、現在の家畜衛生が支えられているのです。

衛生管理や防疫対策を強化することは、消費者に安心・安全な食品の安定提供を約束するとともに、家畜の健康維持や、ひいては肉質の向上にも繋がるため、畜産農場の利益向上にも結びつきます。

伝染病の歴史を踏まえ、畜産のより良い未来のために自社の農場の衛生状態について見つめ直してみてはいかがでしょうか。
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