食味に優れた大型メスウナギ生産技術の確立

食味に優れた大型メスウナギ生産技術の確立

「土用の丑の日」に代表されるように、多くの日本人に親しまれてきた食材、ウナギ。
市場に出回っているウナギのほとんどは養殖ウナギですが、その大半がオスであることはあまり知られていないのではないでしょうか。ウナギの稚魚は性が未分化で、成長に伴い性分化が起こります。そして、養殖環境下では、なぜか9割以上の稚魚がオスへと分化します。
本稿では、イノベーション創出強化研究推進事業(JPJ007097)にて愛知県水産試験場と共同研究した食用メスウナギの生産技術や、その有用性についてご紹介します。

ウナギ養殖について

「土用の丑の日」にウナギを食べるという文化は江戸時代から始まったとされています。それほど昔から多くの日本人に親しまれてきたウナギですが、近年、その資源量の減少が懸念されています。
現在のウナギ養殖は、海で採捕される天然のシラスウナギ(ニホンウナギの稚魚)に依存していますが、その採捕量は年々減少しており、ニホンウナギは、2014年に国際自然保護連合(IUCN)により絶滅危惧IB類※¹に指定されました。また、採捕量の減少により稚魚代が高騰、それに伴い成魚の価格も高くなり、近頃では、我々消費者にとってウナギは高くて手が出にくい食材となってきています。

※1.絶滅危惧IB類 : 近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの(アカウミガメ、ライチョウ、イトウ等と同じカテゴリー)

オスウナギとメスウナギ

冒頭に述べたように養殖ウナギのほとんどはオスになります。オスウナギは、メスウナギに比べ稚魚期の餌食いが良好で、一般的な出荷サイズ(200~250g)に早く成長するという特徴があります。しかし、200~250gよりも大きく育てようとしても、なかなか育ってくれません。また、通常の出荷サイズのオスウナギは、身が柔らかく美味しいのですが、それよりもサイズが大きくなるにつれ身がだんだんと硬くなってきてしまいます。
一方で、メスウナギは稚魚期の餌食いや成長はオスウナギよりも緩やかですが、通常出荷サイズよりも大きく育てることが容易で、大きくなっても身が柔らかく美味しいという特徴があります(図1)。
このメスウナギの特徴を活かし、養殖ウナギを通常出荷サイズの2倍のサイズになるまで育て、一匹のウナギからうな重を一人前ではなく二人前提供することで、ウナギ資源を守りながら、より多くの方に美味しいウナギを味わっていただきたい!!というコンセプトのもと、研究開発を進めたのが、以下にご紹介する「大豆イソフラボンによる大型メスウナギの生産技術」です。
図1. 養鰻場からの聞き取りによるオスウナギとメスウナ...

図1. 養鰻場からの聞き取りによるオスウナギとメスウナギの成長イメージ図

大豆イソフラボンによる大型メスウナギの生産技術

愛知県水産試験場と共立製薬は、大豆食品に含まれる「大豆イソフラボン」に着目し、メスウナギの生産に取り組みました。大豆イソフラボンは、豆腐や豆乳などの大豆食品に多く含まれている成分で、その化学構造が女性ホルモン(エストロゲン)に類似しているため、植物エストロゲンの一つといわれ、女性ホルモンに似た作用があります。これを飼料に混ぜ、シラスウナギに与えることで、9割以上の高効率で、養殖メスウナギを生産することに成功しました(図2)。
図2. 大豆イソフラボン給与によるメスウナギの生産検証試験

図2. 大豆イソフラボン給与によるメスウナギの生産検証試験

通常飼料のみで飼育した対照区では全てオスでしたが、イソフラボンを混ぜた餌を与えた試験区では高いメス生産率が確認されました。イソフラボンA及びイソフラボンBでは、製造会社及び有効成分量が異なり、使用する大豆イソフラボンの種類によってメス生産率は異なることがわかりました。
この技術の主なポイントは以下の2点です。
➀ 大豆イソフラボンの種類
② 大豆イソフラボンを給与する期間
まず、➀大豆イソフラボンの種類について。効率的にメスウナギを生産するには、どんな大豆イソフラボンでも良いというわけではありません。大豆イソフラボン中に含まれる有効成分の量が重要です。有効成分が少なければ効果が得られないので、例えば、ウナギに大豆やおからを与えても効果は期待できません……。
次に、②大豆イソフラボンを給与する期間について。魚体重0.5g(シラスウナギ)から開始し、魚体重25gに達するまで、かつ、2か月以上継続的に給与することで高い効果が得られます(図3)。また、給与の開始が遅くなる(魚体重が大きくなる)と、メスウナギの生産効率が低下することがわかっています(図4)。
図3. 実証試験におけるメス生産率

図3. 実証試験におけるメス生産率

大豆イソフラボン給与区から1か月ごとにサンプリングを行い、雌雄判別を行いました。その結果、給与開始後1か月目では大半が未分化であり、2か月目では95%がメス、3か月目には100%がメスであることが確認されました。
図4. 大豆イソフラボン給与開始時期の検証試験

図4. 大豆イソフラボン給与開始時期の検証試験

魚体重0.5gの早い時期から給与を開始した試験区ではメス生産率は98%であったのに対して、魚体重5gから給与を開始した試験区のメス生産率は55%でした。このことから、早い時期から大豆イソフラボンの給与を行うとメス生産率が高いことが示されました。
この技術を用いて養殖したウナギは、従来の2倍の大きさに成長させても身が柔らかく、美味しいです。そして、大豆由来の天然成分を給与しているため安心して食べることができます。また、養殖場においてウナギに大豆イソフラボンを給与する野外実証試験を行ったところ、大豆イソフラボン給与区は、対照区と比べて高い増重率が認められました。特に、ウナギは気温が下がる秋以降、摂餌活性が落ちて成長が鈍化したり、体調を崩しやすくなったりすることがあります。一方で、大豆イソフラボンを給与したメスウナギは、餌をよく食べるため、安定した成長や体調維持が期待できます。

共立製薬は、このような研究を通し、今後も限りあるシラスウナギの資源を守りながら、養殖ウナギの生産量を増やし、食味に優れた大型メスウナギの新規需要創出に貢献していきたいと思っています。また、今回の技術をウナギ以外の他魚種へも展開し、養殖業界の発展に寄与できればとも考えています。

本研究はイノベーション創出強化研究推進事業の支援のもと達成された成果です。
支援を賜りました農研機構生研支援センター、ならびに、研究代表機関である愛知県水産試験場、共同研究機関の熊本大学、北海道大学水産科学研究院、東海地域生物系先端技術研究会、研究支援者の名古屋大学 松本名誉教授、アドバイザーの宮崎県水産振興協会 桑田先生、および研究協力機関の皆さまやその他多くの関係者の皆さまにお礼申し上げます。

こぼれ話

養殖のウナギはほとんどオスになりますが、天然のウナギの性比にはこのような偏りはありません。ではなぜ養殖ではオスばかりになってしまうのか? この原因は未だはっきりとわかっていません。ウナギの性決定遺伝子もまだ明らかになっていません。ウナギは謎の多い、ミステリアスで魅力的な生き物ですね。