スタートバック®を知る 2.乳房炎ワクチンの効果 ~北海道での事例~

スタートバック®を知る 2.乳房炎ワクチンの効果 ~北海道での事例~

2016年に発売された、日本国内初の乳房炎ワクチン「スタートバック®」ですが、全国各地でその導入が進んでいます。使用開始から年数を重ねて、実際の効果はどの様に現れているのでしょうか。
「スタートバック®を知る」第2回では、『乳房炎ワクチンの効果』について、北海道で実際にスタートバック®を複数年使用している酪農家でデータを収集いただいている安藤先生に、大腸菌性乳房炎の発生数、症状の重症度、死亡頭数にどの様な変化が出ているのかについてご解説いただきます。

はじめに

第1回「乳房炎について学ぶ 乳牛の乳房炎〜日本の現状〜」でも解説があった様に、生産者の皆さんは様々な努力を重ねておられると思いますが、日本国内の乳房炎による損害は非常に大きくコントロールされているとは言えません。
この様な中、国内初の乳房炎多価不活化ワクチンが発売されその活用が始まっています。
このワクチンは、スペインのLABORATORIOS HIPRA,S.A が開発し、EMA(欧州医薬品庁)並びに日本の農林水産省にも承認されている牛乳房炎用多価不活化ワクチンで、世界60ヵ国以上の国と地域で広く活用されているものです。
乳房炎ワクチンがどの様なものなのかについては、前回の畜産ナビ「スタートバック®を知る 1.製品のご紹介と国内の接種状況」を参考にしていただければと思います。
本記事の結果は私が経験した事例に基づくものです。スタートバック®の効能及び効果は「黄色ブドウ球菌、大腸菌群及びコアグラーゼ陰性ブドウ球菌による臨床型乳房の症状の軽減」です。
今回は、実際にスタートバック®を複数年使用している酪農家を舞台に、大腸菌性乳房炎の発生数、症状の重症度、死亡頭数にどの様な変化が出ているのかについて皆さんにお伝えしていきます。そして、ワクチン接種を実施した場合と実施していない場合では大腸菌性の乳房炎で死に至るリスクに違いがあるのかどうかについてもお示ししていきます。スタートバック®は、実際にどの様な効果があるのでしょうか。

スタートバック®の効果検証概要

今回皆さんにお示しをするスタートバック®使用効果の基本的な背景を図1にお示しします。
2016年の6月1日から2017年の5月31日までをN1とする様に、2017年から2020年年度までの5ヵ年度についてその評価をしています。N1とN2は非接種年度、そしてA1からA3の3年間が接種年度になります。スタートバック®の使用開始は2018年の6月です。各年度の平均産次数は2.37から2.78と有意な差はありませんでした。また、この5年間において、飼養形態などに大きな変動はありませんでした。
図1.供試牛および試験期間

図1.供試牛および試験期間

スタートバック®接種方法

今回のスタートバック®使用については、指示される用法及び用量(健康な妊娠牛の分娩予定日の45日前(±4日)、10日前(±4日)及び分娩予定日の52日後(±4日)の計3回、1用量(2mL)ずつを牛の頚部筋肉内に左右交互に注射する)に従い実施しました。(図2)
3年間で延300頭以上の乳牛にスタートバック®を接種しましたが、接種部位が腫れたり膿瘍化したケースは1件もありませんでした。(本研究では臀部に接種しました)
図2.スタートバック®接種プロトコル

図2.スタートバック®接種プロトコル

効果検証―大腸菌性乳房炎の発生数―

では、まず試験期間に発生した大腸菌性乳房炎の発生数を見てみましょう。
スタートバック®の接種を実施していないN1とN2では、平均して年間70回ほどの大腸菌を原因とした乳房炎が発生していました。しかし、接種を開始したA1では30回へと半減し、その後も40回を超える事なく推移しています。(図3)
スタートバック®による乳房炎の症状軽減により、乳房炎と診断される牛の頭数が減少したことが考えられます。
1日あたりの平均搾乳頭数の推移を見ていただければベースとなる牛群構成に大きな変動がないことはわかっていただけると思います。
図3.結果(大腸菌性乳房炎発生数)

図3.結果(大腸菌性乳房炎発生数)

効果検証―症状の重症度―

では、その症状の重さはどうなったのでしょうか。次に、大腸菌が原因の乳房炎を発症した時にどの様な症状であったのかについて検証してみました。
症状は共通したスコア評価をGrade1から3とする事で比較をしています。そのスコア詳細については、図4を参照してください。
この円グラフを見ると、3(全身症状が認められる)の赤いエリアは、スタートバック®を接種したA1以降がN1およびN2の非接種年度と比較して小さくなっている事がわかります。これを平均スコアで比較するとNは1.54、Aは1.20と有意に減少した事がわかりました。
図4.症状重症度スコア

図4.症状重症度スコア

効果検証―大腸菌性乳房炎が原因で死亡した頭数―

大腸菌性の乳房炎は症状が重く、時に死に至ってしまう疾病であることは皆さんもご経験のことと思います。
今回の検証期間である5年間においても16頭の貴重な命が大腸菌を原因とする乳房炎で失われ、残念ながらスタートバック®を接種しているAの期間にも認められています。スタートバック®は大腸菌性乳房炎が原因で発生する死亡事故を防ぐことはできないのでしょうか。
死亡内訳を詳しく見ると図5の様になります。スタートバック®接種を実施しているAにおいて死亡した乳用牛は延べ3回のスタートバック®接種 を実施していないかワクチン自体の接種ができなかった牛だった事がわかります。結果として、スタートバック®をプロトコル通り延べ3回接種した牛に、大腸菌を原因とする乳房炎により死亡した牛はいませんでした。
図5.大腸菌性乳房炎による死亡頭数

図5.大腸菌性乳房炎による死亡頭数

効果検証―相対リスク分析―

「喫煙と肺がんのリスク」皆さんもこんな話題をどこかでお聞きになった事があるでしょう。実はこの場合のリスクは、「相対リスク」という分析で計算されています。
今回、相対リスク解析を活用して、スタートバック®接種の有無によって、大腸菌性乳房炎を原因として死に至ってしまうリスク差(喫煙に例えると、「喫煙の有無で肺がんになってしまうリスク差」)を算出しました。
N 1とN2に対してA 1、A 2、A3それぞれリスク値は算出されたのですが、ここではN2とA3で比較した結果を図6にお示しします。その結果は 、次の通りです 。
①スタートバック®非接種のN2は接種のA3に対し、大腸菌性の乳房炎になると1.49倍死亡しやすい。
②N2はA3より大腸菌性乳房炎で死亡するリスクが19.2%大きい。
③N2で大腸菌性乳房炎を理由に死亡した要因の32%はスタートバック®を接種していなかった事が関与している。
図6.ワクチン接種の有無と死亡転帰の相対リスク分析

図6.ワクチン接種の有無と死亡転帰の相対リスク分析

結果のまとめ

ここまでお示しした結果をまとめてみました。全て「スタートバック®を接種したら」とお考えください。

❶ 大腸菌性乳房炎の発生数は減少した。
スタートバック®による乳房炎の症状軽減により乳房炎と診断される頭数が減少した可能性がある 。
❷ 大腸菌性乳房炎に罹った場合でも症状は軽く済んだ。
❸ 大腸菌性乳房炎が原因で死亡した牛は少なくなった。

そして、統計解析から次のことがわかりました。
❹ もし大腸菌性乳房炎になった場合に、スタートバック®非接種牛は1.49倍死亡しやすい。

さいごに

実際に乳用牛群へスタートバック®を使用した経過とその成績を皆さんにご紹介しました。
今回数値はご紹介しておりませんが、乳成分は安定し体細胞数も有意に低下する結果が併せて出ています。
この様に、スタートバック®を接種する事でその発生を「0」にすることは無理でも、大腸菌性乳房炎をコントロールし牛群へのダメージを減らすことは可能だといえます。
もちろん、ワクチンは万能ではなく、最も大切なことは乳用牛達により素敵な日常を安定的に提供することです。ワクチンを接種する事で乳房炎を減らすと考えるのではなく、「より良い条件を用意し乳用牛達により元気に活躍してもらう為にスタートバック®を取り入れる」とお考えいただき、少しでも乳用牛達を取り巻く環境の改善に取り組んでいただければと思います。
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