エンロフロキサシンと乳房炎について

エンロフロキサシンと乳房炎について

「薬剤耐性菌」が世界中で問題になってきています。薬剤耐性菌が大きな脅威となり得ると指摘されたのは1980年代。
その後も問題は広がり続け、最近では家畜に使用する抗菌剤についても見直しの取り組みが始まっています。
人類最初の抗生物質ペニシリンを発見したのは有名なイギリスのフレミングですが、彼は薬の不適切使用による耐性菌の出現について既に危惧していました。
畜産現場においても必要不可欠である抗菌剤。今ある抗菌剤を末永く使っていくためにも、適正使用が求められます。抗菌剤の特徴を知ることも適正使用の一助になると思いますので、今回はフルオロキノロン系抗菌剤について、特にフルオロキノロン系抗菌剤の1つであるエンロフロキサシンについてみていきましょう。

フルオロキノロン系抗菌剤について

フルオロキノロン系抗菌剤は幅広い抗菌スペクトルを持ち、多くのグラム陰性菌及び陽性菌やマイコプラズマ等に効果を示します。フルオロキノロン系抗菌剤の作用は濃度依存性であり、菌と抗菌剤の接触する濃度が高いほど殺菌効果を増します。従って、1回の投与量が多いほど効果は高くなります。(添付文書に記載のある用量以上を投与する必要はありません。)
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抗菌剤が菌と闘うためには投与された後、抗菌剤が感染部位へと移動する必要がありますが、フルオロキノロン系抗菌剤は組織移行性も良好です。ただし、マグネシウムや鉄等とキレートを形成する性質があり、キレート形成すると効力が落ちてしまうため、ミネラル剤と併用するのは出来る限り避けた方が良いでしょう。
フルオロキノロン系抗菌剤の多くは腎臓を経由して尿とともに排出される割合が高いため、泌尿器系感染症の治療薬としても用いられますが、中でもエンロフロキサシンは肝臓から胆汁と共に排出される割合が高く、腸管内に存在する病原性大腸菌にも効果が期待できます。
フルオロキノロン系抗菌剤は重要な抗菌剤の1つであることから、動物用抗菌性物質のリスク管理措置策定指針に基づいたリスク管理にて、第一次選択薬が無効の場合に使用する第二次選択薬として承認されています。

大腸菌群による甚急性及び急性乳房炎の治療

共立製薬のエンロフロキサシン注100「KS」の今までの適応症は牛においては肺炎と大腸菌性下痢症でしたが、2022年2月に急性及び甚急性乳房炎が追加されました。
乳房炎の治療で多く使用されているのはβラクタム系に分類されるセファゾリンですが、βラクタム系抗菌剤を投与する上で注意する必要があるのは、大腸菌群による甚急性及び急性乳房炎を治療する場合です。大腸菌群はブドウ球菌や連鎖球菌などのグラム陽性菌に比べ増殖速度が速いため、早期治療が大切であると一般的に言われています。
写真:乳房の腫脹、硬結

写真:乳房の腫脹、硬結

大腸菌性乳房炎の症状の程度に影響しているのが、大腸菌群などのグラム陰性菌に分類される菌が放出する菌体内毒素(LPS)により誘導される炎症性サイトカインです。臨床所見と炎症性サイトカイン値はある程度の正の相関があることから、牛へのダメージをなるべく抑えるためにも炎症性サイトカインを誘導するLPSの放出を抑える必要があります。
グラム陰性菌が持つLPSは細胞壁に存在しており、LPS放出量は菌体死亡数よりも抗菌剤の作用機序に関係していると言われます。従って、抗菌剤の種類によっては投与によりLPS放出が促されてしまいます。牛を助けるつもりが、ショック状態に陥り症状が悪化、最悪の場合死亡してしまうこともあります。
グラム陰性菌の細胞壁の構造

グラム陰性菌の細胞壁の構造

大腸菌群の1種であるクレブシエラによる乳房炎の場合は特に注意が必要です。この場合、細胞壁に作用するセファゾリン等のβラクタム系抗菌剤の投与よりも、菌のDNA複製阻害作用を持つエンロフロキサシンが適していると考えられ、βラクタム系抗菌剤よりもLPS放出を軽減することができます。
全ての大腸菌性乳房炎に対してエンロフロキサシンが最適な抗菌剤となるわけではありませんが、全身症状の見られる重篤な乳房炎の治療においては、エンロフロキサシンが適していると考えられます。抗菌剤治療に加え、適宜、抗炎症剤や肝臓保護成分を含んだ製品を併用し、牛が1日でも早く回復できるように適切な処置をしてあげましょう。
さて、治療のお話ばかりしてきましたが、病気を予防することに越したことはありません。大腸菌性乳房炎の予防には日々の衛生管理に加え「スタートバック」もぜひご活用ください 。
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