乳房炎について学ぶ【第3回】 世界と日本の薬剤耐性菌問題について

乳房炎について学ぶ【第3回】 世界と日本の薬剤耐性菌問題について

近年、耳にすることが多くなった薬剤耐性菌問題。乳房炎の原因となる菌も関係しています。
「乳房炎について学ぶ」第3回は、薬剤耐性菌とは何か、日本や海外での現状はどうなのか、乳房炎との関連はどうか、について解説していきます。

はじめに

薬剤耐性菌を原因とした全世界の年間の死者数は、現在の約70万人から2050年にはガンによる死者数を超えて1000万人を超えるというシミュレーション「オニールレポート(2014)」もあり、国際的な問題となっています。
薬剤耐性菌は抗菌薬の使用により出現・選択されることが知られており、抗菌薬の使用機会のある畜産分野も他人事ではありません。

薬剤耐性菌とは

薬剤耐性菌とは、抗菌薬が存在しても発育できる細菌のことを言います。細菌は、他の微生物から遺伝子を獲得することや、自らの遺伝子を変異させることで薬剤耐性菌へと進化してきました(図1)。
これまで、人類は薬剤耐性菌に対して新しい抗菌薬を開発するなどして対抗してきましたが、新規の抗菌薬の開発が減少しているのが実情です。
図1.出現と選択

図1.出現と選択

動物由来薬剤耐性菌の実態

日本での各種動物から分離される細菌の抗菌薬に対する耐性状況については、農林水産省を中心としたモニタリングが実施されています(図2)。特に集団に対して、抗菌薬が使用される機会のある豚や鶏由来大腸菌で牛由来大腸菌と比較して耐性率が高いことが分かります。
このことは、抗菌薬の使用により薬剤耐性菌が出現・選択されるということを示します。
畜産動物が保有する薬剤耐性菌は
1)畜産動物の感染症の治療を困難にするだけではなく
2)食品を介してヒトへ伝播しヒトの感染症の治療を困難にすることが懸念
されています。
そのため、畜産動物における薬剤耐性菌を減少させる取り組みが求められています。
図2. と畜場及び食鳥処理場の畜産動物由来大腸菌の耐性...

図2. と畜場及び食鳥処理場の畜産動物由来大腸菌の耐性率の推移

薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書2020
令和3年1月8日 薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会 44ページ 
表49 と畜場及び食鳥処理場由来のEscherichia coliの耐性率の推移 (%)より

日本と海外における乳房炎原因菌の薬剤耐性の現状

乳房炎の原因となる細菌は、日本でも海外でも同様であり、多くは抗菌薬による治療を行っています。海外では、重要な抗菌薬(セファロスポリン系薬やフルオロキノロン系薬)に対する耐性菌の出現が問題となっています。
国内では、感受性に関わるデータの蓄積や報告があまりないのですが、抗菌薬の使用実態としては、重要な抗菌薬であるセフェム系抗菌薬が乳房炎に対して多く使用されており、耐性菌も出現していることが推測されます(図3)。
抗菌薬の使用は、薬剤耐性菌を出現・選択するため、乳房炎治療の際の抗菌薬の慎重な使用が望まれます。
図3. 乳房炎注入剤使用本数概算(2014)

図3. 乳房炎注入剤使用本数概算(2014)

牛乳房炎治療ガイドブック 
農林水産省平成 29 年度生産資材
安全確保対策委託事業 抗菌性物質薬剤耐性評価情報 整備委託事業20ページ
図 22.乳房注入剤使用本数概算(2014)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/yakuzi/attach/pdf/torikumi-32.pdfより

抗菌薬はどのように使用すれば良いの?

薬剤耐性菌に対抗するための抗菌薬の使用の考え方は、抗菌薬の使用を止めれば良いというものではありません。細菌感染症に対して、必要な時には適切な種類と量の抗菌薬を使用することが重要です。
そのためにも、乳房炎の原因となる細菌の同定や薬剤感受性試験といった、乳房炎の原因を知るための検査が重要となります(図4 )。
図4.抗菌薬使用についての考え方

図4.抗菌薬使用についての考え方

おわりに

薬剤耐性菌の問題は、単純ではありません。特に乳房炎のように原因となる微生物が多岐にわたる感染症では、さらに対応が複雑となります。
その問題に対抗するためにも、検査データの蓄積とデータ蓄積のための仕組み作りが重要となると思われます。


 (1855)