体外受精卵(胚)について
受精卵移植において移植自体の方法は体内受精卵移植と同じです。体外受精卵は卵巣から未成熟卵子を採取し、人工的環境の下で卵子の成熟、受精、移植可能なステージまでの発育をおこなう技術です。
体外生産胚(IVP:In vitro embryo production)とも呼ばれ、その過程は①排卵誘発(場合によって)、②生体からの卵子吸引(OPU:Ovum pick up)、③卵子検索、④体外成熟培養(IVM:In vitro maturation)、⑤精子調整、⑥体外受精(IVF:In vitro fertilization)、⑦体外発生培養(IVC:In vitro culture)の過程を経て移植可能なステージまで体外で発育させ、得られた胚を移植、または必要に応じて凍結保存します。
生体でのOPUは発情周期に縛られず1~2週間間隔でおこなうことができ、妊娠牛や一部の繁殖障害牛(卵管閉塞牛や子宮内膜炎など)からの採卵も可能です。過剰排卵処置で正常な受精卵が採取できない場合(卵巣過剰刺激症候群の回避)はFSHなどによる卵巣刺激をおこなわなくても実施可能で1頭から多数の受精卵を効率よく生産する技術として知られています。また、OPUの適用対象牛は空胎牛のみならず、妊娠初期、未経産牛、高齢牛、1産取り肥育雌牛、一部の繁殖障害牛などと広範囲であることも魅力の一つといわれています。
また、薬剤、凍結精液(体外受精では1本のみ使用)等の経済的負担、頻回薬剤投与などの労力負担が少ないともいわれています。
ただ、体内受精卵と異なり、胚培養までが煩雑です。さらに妊娠率向上には胚培養の高精度化が不可欠であり、卵管内環境をできるだけ再現することが重要です。その為にはクリーンベンチ、CO2インキュベーターやマルチガスインキュベーターなどの機器の設置も必要となります。
体外生産胚(IVP:In vitro production)の実際
卵子吸引、経腟採卵(OPU:Ovum pick up)
体外成熟(IVM:In vitro maturation)
体外受精(IVF:In vitro fertilization)
発生培養(IVC:In vitro culture)
卵子吸引、経腟採卵(OPU:ovum pick up)
供卵牛の卵巣に穿刺して卵子を取り出す技術です。生体内から卵子を吸引(経腟採卵)したり、卵巣を割去してその卵巣から卵子を吸引したり、と畜場で食肉処理後の卵巣から卵子を吸引したりします。
生体内から卵子を採取する場合、無刺激もしくは少量のFSH(卵胞刺激ホルモン)製剤による卵巣刺激をおこない、エコーで卵巣を見ながらエコーに取り付けてあるOPU専用プローブ(写真1、2) を用いて採卵針で腟壁を介して卵胞を穿刺して卵胞液と一緒に未成熟卵子を吸引して回収します。
このOPU専用プローブは超音波が出るすぐそばに採卵針があり 、エコーを見ながら卵巣と採卵針を描出することで卵胞を吸引していきます(写真3)。吸引する場合、吸引装置の圧も重要となります。吸引した卵胞液を含む卵子は保温装置で保管します。
OPU自体でドナー牛の受胎率が悪化することは通常ないといわれています。
体外成熟(IVM:In vitro maturation)
吸引した卵子は未成熟なので受精までもっていけるように卵子を体外で成熟させます。顕微鏡で卵子を選別して、卵丘細胞の付着度合い等によりランク付けし、顆粒膜細胞をつけたまま成熟培養液中に約21~24時間程度インキュベーター内で培養します。
卵子にも寿命(生存期間)があり、一定時間を経ると卵細胞は次第に退行変化を起こして(加齢または老化という)死に至ります。また、卵子の培養液内加齢も染色体異常の原因となり、多精子受精防止機構が破壊されたりする結果、多倍体が生じてしまうことがいわれており、最適な未受精卵の体外成熟培養時間の設定が必要です。
誘発排卵処理をした場合、先行して発育した一部の卵子は卵胞内で過熟状態に陥る可能性があるといわれており、培養等の条件を検討する必要があります。
体外受精(IVF:In vitro fertilization)
成熟した卵子を体外受精により受精させます。通常は凍結精液を融解し、洗浄後に生きている精子数を調整してシャーレ内で体外受精(媒精)させます。
精液が細菌汚染していることはよく知られており、一般的な精子調整条件ではすべての細菌を除去することができないため、凍結精液には抗生物質が添加されています。
基本的に生きている精子数を3×106/mlに調整し、6時間程度媒精します。
卵子を採取してから体外受精が完了するまでの間に時間がかかり過ぎると卵子が加齢し、また未成熟卵を使い培養する場合にも受精タイミングを逸すると卵子が加齢するので培養等の条件がそれぞれの施設で異なります。
発生培養(IVC:In vitro culture)
媒精後の卵子は卵丘細胞および精子が付着しており、これらを発生培地に持ち込むと多精子侵入などが発生する可能性が高くなるので、卵子から卵丘細胞を剥離(裸化処理)して発生培養します。発生培養中は毎日発生検査を短時間で実施します。
胚盤胞になるまでシャーレ内で発生培養し、胚盤胞になった受精卵を確認してから移植または凍結処理します。
体外受精卵を作成している施設によっては孵化補助法が実施されています。これは未熟卵由来の胚では透明帯硬化の可能性があるためです。この対策として孵化補助法(AH:Assisted Hatching)(AH)があり、レーザー照射して透明帯に穿刺・開孔をおこないます。