「やさしい免疫のおはなし」第4回 免疫とワクチン

「やさしい免疫のおはなし」第4回 免疫とワクチン

前回、B細胞により産生された抗体や活性化したT細胞による細胞性免疫が病原体を排除する一方、役目を終えたT細胞やB細胞の一部がメモリーT細胞やメモリーB細胞として体内に残り、同じ病原体に再感染したときにそれらのメモリー細胞が反応することで、初めての感染時より素早く病原体を排除することができるというお話をしました。これらの性質を応用した製剤がワクチンです。 ワクチンは、特異的な病原体に対する免疫を誘導し、発症の予防や症状の軽減効果を期待するものです。今回は、ワクチンの種類や性質について、詳しく見ていきたいと思います。

生ワクチンとワクチンブレイク

現在、畜産向けの製品だけを見ても、ウイルス、細菌、寄生虫(コクシジウム)などさまざまな 病原体に対するワクチンが実用化されています。
ワクチンは大きく分けて「生ワクチン」と「不活化ワクチン」の2種類があります。
生ワクチンは、病原性がない、あるいは病原性を弱めた、生きたままの病原体を接種するワクチンです。ワクチンに含まれるワクチン株の病原体が体内で定着・増殖することにより、免疫が誘導されます。  
接種動物の細胞に生きた病原体を感染させるので、細胞性免疫と液性免疫の両方を活性化することができます。そのため、生ワクチンは不活化ワクチンよりも効果が高く、免疫の持続時間も長い傾向にあります。ただし、接種された動物の状態などによっては、生きたワクチン株の病原体の増殖に伴う副反応が起こることがあります。また、生ワクチンでは、体内で増えたワクチン株の病原体が体外に排出され、同居している他の個体に感染する場合があります。これを「同居感染性」といいます。同居感染は、鶏などでは群全体の免疫率向上にメリットがある一方、ワクチンの種類によっては群のなかで循環するうちに先祖返りして病原性を示すようになる(病原性復帰する)可能性が指摘されています。このように、効果面においてメリットの大きい生ワクチンですが、その分デメリットもあります。

ワクチン接種を行ったにもかかわらず、十分な免疫が誘導されず、感染や発症を起こすことがあります。これを「ワクチンブレイク」と呼びます。
ワクチンブレイクの大きな要因の1つに、「移行抗体」の影響が挙げられます。移行抗体とは、ヒトでは胎盤を通して、牛や豚では「初乳」を通して、鶏では「卵黄」を通して親から子へ受け継がれる抗体のことです。移行抗体による免疫を受動免疫と呼び、動物種により異なりますが、数週間から数ヶ月間持続します。受動免疫は、免疫の未発達な幼い動物が、自らの免疫によって自力で病原体から守れるようになるまでの、無防備な時期を乗り越えるためのシステムです。しかし、ワクチン株を攻撃するような移行抗体が存在すると、ワクチン株が排除されてしまいます。その結果、ワクチンを接種された動物の体内でワクチン株が十分に定着・増殖することができず、十分な免疫を付与することができません。
その他のワクチンブレイクの要因として、保存、凍結融解、溶解などの作業時における不適切なワクチンの取扱いが挙げられます。これらの不適切な取扱いにより、製剤に含まれる生きたワクチン株の病原体が減少あるいは完全に死滅してしまい、免疫の誘導に必要な力価(生きたワクチン株の量)を接種できなくなります。

不活化ワクチン

一方、不活化ワクチンは死んだ状態の病原体、あるいは病原体の一部のみを含んだワクチンです。そのため、生ワクチンに比べて取扱いは容易といえます。しかし生ワクチンとは異なり、原則として細胞性免疫は誘導されず、液性免疫のみの誘導となります。不活化ワクチンは、一般的に生ワクチンと比較して効果が弱く免疫の持続時間が短い傾向にあり、十分な免疫を得るためには原則として2回以上の接種が必要です。この不活化ワクチンの免疫誘導の弱さを補う目的で、多くの不活化ワクチンでは「アジュバント」と呼ばれる成分を追加しています。アジュバントには免疫反応を刺激する作用があり、ワクチンの効果を高めます。しかし、このアジュバントにより、接種部位に痛みや腫れ、硬結(しこり)が生じる場合があります。また、接種する作業者が自分の手などに誤って注射た場合、その部位に強い痛みや腫れを引き起こすことがありますので、接種作業の際にはお手元に十分ご注意ください。
(表)生ワクチンと不活化ワクチン まとめ

(表)生ワクチンと不活化ワクチン まとめ

まとめ:農場においてワクチンを効果的に使っていただくために

畜産現場での感染症の発生は、死亡や廃用のような直接的な損害や治療コスト増大のほか、増体重の減少や飼料効率の低下など、生産性へ大きく影響を及ぼします。また、治療や消毒など、感染症への対応に伴う作業や時間、精神的ストレスなど農場で働く人にも大きな負担となります。そのため、飼養管理の徹底と効果的なワクチン接種によって、疾病を予防することが重要です。
生ワクチンと不活化ワクチンどちらにも、それぞれメリット、デメリットがあります。農場の状況や目的に応じて獣医師が処方する適切なワクチンを、添付文書に従って正しくご使用いただくようお願いいたします。

おわりに

ここまで4回にわたって免疫のしくみについて解説してきました。免疫学は日進月歩で研究が進んでいる分野です。ここでご紹介できたお話はごく一部なので、興味を持った方はより専門的な本で勉強してみてください。その奥の深さに驚かれることと思います。
免疫のしくみと、ワクチンの特徴をご理解いただくことで、飼養家畜の疾病予防や、適切なワクチンのご使用につながりましたら幸いです。
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